継続性好き

大企業の実力社長が会長に退き、副社長の中から次の社長が選ばれるような場合、選ばれた者は殊勝に「前社長の敷いた路線を踏襲して頑張る」というのがよくあるパターンだ。「前社長の路線は誤りだからそれを正してゆきたい」というような人間が後継者に選ばれるはずがない。

今回の安倍首相の辞任劇で、菅官房長官が果たしたのは、まさに、偉大な(何しろ憲政史上一番の長期政権だったのだから)安倍首相の後任として彼の敷いた路線を踏襲する後継者の役割だ。

筆者の見解では、安倍政権は長きを以って尊しとなした。特に日本への認識を海外に持ってもらうことにおいて長期政権は効果があった。具体的な成果を問われると、トランプ大統領とウマがあったという以外、対ロ交渉、拉致問題、韓国との関係等、あまり成果があったとは言いにくい。トランプと仲が良くても、日米地位協定の改定(少なくともドイツやイタリア並みにしてもらいたいものだ)にも目途が立たなかった。序盤で派手にはじめたアベノミクスの限界が見え、この8年間で日本の一人当たりGDPが延びず、平均所得がG7の中で唯一減少していることを見れば失政は明らかだと思われる。

明白な暗部としては、情報について、隠す、うそをつくことが常態化し、人事権を握られた役人の過剰な忖度も常態化したことだろう。菅政権でも、そのまま継続されることを憂慮する。

菅官房長官が自民党内で押される一番の理由は、政権の継続性だそうな。派閥の長は口々に、コロナ対策の要として、菅氏の首相就任が一番だと述べている。成果があまり上がらぬ外交政策や経済政策には目をつぶり、強権でにらみを利かせ、情報の適時性や透明性に大きな疑問がつく政治のかじ取りの継続も期待しているのだろうか。

継続性(continuity)という言葉は、良い語感(good connotation)を持つ言葉だ。特に日本語においてはそうだ。一例を挙げよう。「企業会計原則」の一つに継続性の原則がある。継続性の原則とは、企業がいったん採用した会計処理の原則及び手続は毎期継続して適用しなければならないことを要請する原則である。こんな原則の存在も会社勤めの人間の多くに「継続は良いことだ」という概念を刷り込んでいる。そうそう、大企業に入ってよく聞かされるのが、「石の上にも三年」辛くても辛抱を継続すれば道は開けるという教えだ。

A rolling stone gathers no moss. 転石苔を生ぜず。ということわざがある。日本では「落ち着きなくふらふらしていると何事も身につかない」という否定的な意味で使う。

wikipediaによれば、A rolling stone gathers no moss is an old proverb, credited to Publilius Syrus, who in his Sententiae states, People who are always moving, with no roots in one place or another, avoid responsibilities and cares. Inversely, a common modern meaning is that a person must stay active to avoid stagnation.

つまり、今のアメリカでは、「転がる石のようにアクティブにしていないと、さび付いちゃうぜよ」という使い方なのだ。継続よりChange(オバマ大統領のキャッチフレーズを想起されたい)が重要だ。

安倍首相の辞任表明で安倍内閣の支持率が20%あがり、菅官房長官による安倍政権の政策の継続表明で自民党の支持率が10%以上上がったそうな。日本人の継続好きもここに極まれりという印象を持つのは筆者だけであろうか。

(2020.9.8)

 

 

 

 

 

 

The Perfect Storm

台風10号の接近により気象庁が最大級の警戒を呼び掛けている。死者行方不明者5000人を記録した伊勢湾台風並みの注意が必要だそうな。

大きな台風と聞くと思い出すのが2000年公開のアメリカ映画The Perfect Stormだ。シーズン前半の不調分を一気に挽回しようとするジョージ・クルーニーが船長だ。後半、漁には成功するが帰路巨大な嵐The Perfect Stormに巻き込まれ船は沈み乗員全員が犠牲になる史実に基づいた映画だ。

映画の元になったハリケーン・グレイスは中心気圧980hP、最大風速80km/hという並みのハリケーンだが、いくつかの低気圧と呼応し、巨大な波を現出させたのだ。
アメリカで特に大きな被害(特に黒人層に)を出したことで有名なハリケーン・カトリーナを調べると、中心気圧902hPで、その強力さに驚く。

経営においてはThe Perfect StormはThe Worst Case Scenarioと同じような意味で使われる。ワーストケースは、現在考えている要因が、すべて最悪に振れた場合に、事業がどうなるか考えるやり方で、殆どの企業で考えている。パーフェクトストームは、映画のように、ハリケーンだけでなく思いがけない低気圧が複数同時に発生するような場合、つまり現在考えてもいない事態が起きたときに、事業がどうなるか準備しておこう、という考え方だ。

現下の、運輸業、宿泊業、旅行業、飲食業において、コロナ禍はパーフェクトストームだったに違いない。現在はあまり影響を受けていない企業も、これを機に、自分たちにとってのパーフェクトストームを想起し準備しておくことが必要だ。

(2020.9.6)

Cancel Culture

Cancel Culture(CC:日本語では「キャンセル文化」と訳すのが通例)という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。

www.dictionary.comによれば、(一部筆者が補記)「キャンセル文化とは、著名人や企業の行動を、不快または不快であると感じたり見なしたりして、そうした後で従来の支持・サポートを取り消す(キャンセルする)一般的な慣習を指します。
キャンセル文化は通常は、グループの中で恥をかかせる形で、ソーシャルメディアで行われるonline shaming」と定義されている。

この言葉を紹介してくれたアメリカ人の友人によれば、
・恥をかかせたり見せしめにする文化はアメリカにもあった。(ホーソンの「緋文字」を想起されたい)
・キリスト教徒の恥は、まず神への告白から始まる悔い改め(repentance)をはじめとする。日本人の恥とは少し異なる。
・キャンセル文化は人に悔い改めを求めるのではなく、単に怒りをぶつけて思い知らせたい行動のように思われる。

彼の説明によれば、

・「キャンセル文化」(CC)という表現は、近年、「Me Too」運動の一環として生まれた。起源は「コールアウト」(人の弱点を指摘すること)にある。

・公人が醜い行動や発言をした場合、その公人のコミュニティのメンバーから「コールアウト」され、公に非難される。即ち、重大な不道徳行為や倫理に反する行為をした有名人のメディア契約を取り消すことから、「キャンセル」という名称が生まれた。例えば、マイケル・ジャクソンが幼い子供との不適切な関係が疑われ、出演契約を取り消された。つまり、キャンセルされたわけで、こういう例は日本の芸能界でも多く発生している。(ここまでは筆者にもよくわかる)

・ここ数年、CC が政治的・社会的に広まっている。この夏、歴史上の有名な人物にもこの「キャンセル」が遡及的に適用されようとしている。プリンストン大学は先月、世界的に有名な政治学部からウッドロウ・ウィルソンの名前を削除した。ウィルソンは同大学の学長であり、アメリカの大統領として、国際連盟の重要な推進者であったのにも拘わらず、残念なことに、当時の通例として人種差別的な見解で黒人の入学に反対していたということがその理由だ。

・160年前の国内戦争の南部連合の記念碑が毎晩のように真夜中に取り壊されている。また、アメリカを代表する元大統領四人の顔が刻まれた名所のラシュモア山にダイナマイトを仕掛け、その顔を消してしまおうという呼びかけも出ているぐらいだ。ジョージ・ワシントンとトーマス・ジェファーソンの二人が奴隷を所有していたからという理由でだ。

・更に、アメリカの先住民族に関連した名前を持つNFL チームのレッドスキンズやMLBのインディアンズは、現在の部族組織にコールアウトされて、ロゴやチーム名の変更を決定・検討している、等々。

・米国史は21 世紀の「正しい」視点に合わせて修正されつつあり、この中には、国家の過去の罪を素直に認め、悔い改めの気持ちを示す善意のものもある一方、単なる今の流行りというものもある。(韓国に日帝35年を永遠に言われる日本の状況に重なるところがあり、ここまでやるのかと思うところがある)

・昨今、CC が一般人の間でFacebook やTwitter などのソーシャルメディア(SM)を介してウイルス的に拡散している。「キャンセル」される、つまり世間から軽視される原因が広がっており、芸能人や政治家などの公人が、何気なくドジな発言をしたり、プライベートで不適切な行為を
すると、ソーシャルメディアで世間から罵倒されたり、雇用を断られたりすることも少なくない。正式な司法制度の外で行われるCC は、偏って適用されやすく、しばしば過激になりやすい。

長くなったが、キャンセル文化に対する筆者なりの当座の結論を述べよう。

・南軍に関する銅像を引き倒したり、ウィルソン・スクールの名称変更は明らかに振り子の振れすぎであり、トランプ大統領の怒りは尤もだと思う。常識的なアメリカ人のトランプ支持を強めトランプの二期目を近づけるだろう。

・ソーシャルメディアとインターネットの透明性は、ネット民主主義の重要な要素であるが、現代版「緋文字」は行きすぎ。自分が嫌がる表現や行動を取ったことに対し、他人を簡単にキャンセルすることで、人間性を奪う恐れがある。正当な裁判なしで有罪と推定され、ワンクリックで「罪」が確定してしまうことは、恐怖だ。

・日本のメディアでは週刊文春をはじめとする週刊誌がゴシップがらみで対象者の人間性に疑問を呈する働きをしている。この動きを、一般人が一般人を対象にして起こして行くと思うと、とても始末が悪い。(最近の例では木村花さんの事件を想起されたい)

・振り子が右に触れると、ファシズムの世の中にもなりかねない。良識の働きで、振り子は何れ中庸のほうへ振り戻ってくるものだと期待したい。

(2020.9.4)

 

 

ポスト・アベノミックス

先日のブログで安倍政権の最大の貢献は長続きして日本の首相の名前を世界に認知させたことだと書いた。それ以前の6年間は、1年交代で首相が変わったから、我々でさえ、首相の名前を覚えられなかったので、いわんや外国人をやであった。

経済面で思い起こすと、安倍政権の最大の貢献は、アベノミクスによる金融超緩和で、円安により輸出企業に一息つかせ、株高をもたらしたことと、景気の好転により雇用環境(非正規労働者の増加が大きかったとはいえ)を大きく改善させたことであろう。

株高は富裕層・老年層に恩恵をもたらし、雇用環境の改善は勤労者層・若年層に恩恵をもたらした。

この環境はコロナ禍で一変している。
コロナ対策の金融超緩和で株高は継続し富裕層・老年層はメリットを享受している。
一方、雇用環境は激変し、非正規労働者を中心に解雇が増大している。長らく1.5倍程度を上回っていた有効求人倍率も低下し、今日の栃木県のニュースでは県内は1倍を下回ったという報道だった。勤労者層・若年層には大変つらい状況だ。

これまで安倍政権は若年層に支えられてきた。支持率は若者は高く、年齢が上がるほど低かった。これからはそうは問屋が卸すまい。

自民党の中の争いとは言え、日本の首相を選ぶプロセスであるからには、候補者の経済運営についての意見をしっかりと聞きたいものだ。安倍政権の継続では話にならない。

(2020.9.1)

Oracle of Omaha

Oracleはもともと神託を意味する言葉。転じて神のお告げを伝えるほどすごい人、哲人の意味。
Oracle of Omahaはオマハの哲人。ウォーレン・バフェットを指す言葉だ。

今日のMcKinseyのニュースレターに、もう90歳になった彼の投資成果を称賛する記事があった。

バフェット流の投資の要諦は、忍耐、注意、そして継続性だ。

もし1964年に1ドルをSP500に投資していたとすると、現在198ドルに増えている。これだけでも素晴らしい実績だ。
もしその1ドルをバークシャーハザウェイ株に投資していたら、現在は27,373ドルになっていたそうな。驚くべき実績だ。

バフェットの投資スタイルが批判を浴びたこともある。曰く、IT株に出遅れている。コロナ禍に積極的なM&Aを行ってこなかった。
しかしながら、こういう時期だからこそ、バフェットの投資の要諦である、忍耐、注意、継続性が重視されなければならないといえるのだ。

と、ここまで書いてきて、日経のネット版の「バフェット氏の投資会社日本の5大商社の株を5%以上取得」という記事に気が付いた。5大商社とは、伊藤忠、三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅である。

大手商社の株価はヴァリュー投資をするバフェット氏の狙いに合致した投資対象だ。ただ、ちよっと筆者が違和感を感じたのは、5大商社の株をまんべんなく買っていることだ。

バフェット流は対象を絞って大きく買っていくのがスタイルだ。5大商社のどこかを決め打ちするか、6番目の商社、双日、の株をもっと大量に買うような動きがバフェットらしいと、私には思えるのだ。

バフェット氏の選択眼の冴えが無くなったと見るべきか、5大商社は甲乙つけがたいほど良好な投資機会を提供すると見るべきか。

今日は商社株が全面高のようだ。バフェット氏の神通力は衰えていないのは確かなようだ。

(2020.8.31)