「死」とは何か

ALSに苦しむ女性を嘱託殺人したとして二人の医師が逮捕された。

日本では「消極的安楽死(いわゆる尊厳死。延命治療せずに患者を死に至らしめる)」は認められるようになってきたが、「積極的安楽死(不治の病に苦しむ患者ののぞみに従い医師が死に至る薬を処方する)」は認められていない。

今回の事件を見ると、先進するオランダや安楽死を認めている西欧諸国の基準によれば、医師の責任が問われることは無いように思う。

医師の片方がかなり過激な議論をSNSで発信していたり、もう片方が医師のライセンス取得に疑義があることはここでは問わない。もう少しましな医者だったらもっとまともな議論が深まったであろうに残念だ。

いずれにしても、今回の事件を機に我が国で「安楽死」についての議論が深まることを期待したい。

「死」を考えるには、Death(邦題:「死」を考える)を著したDr KaganのYale大学での講演のすべてをYoutubeで見ることが可能である。Death Yale KaganとでもGoogleに入力すればシリーズを聴講することが可能だ。

ラテン語でMemento Mori (死を思え)という言葉がある。よく生きる者はよく死ぬ者であろう。
空けない梅雨空をまえに、こんな哲学的なことに思いをはせるのもたまには良い。

(2020.7.26)

北京でのコロナ第二波抑え込み策

北京ではコロナウイルス感染が一度収束した後、卸売市場で発生した集団感染から第二波が起きていた。

ここで注意すべき点は、
北京市は、「10日間で250人の新規感染者」とか、「2日続けて100人以上の感染」を以って第二波と認識していることだ。東京の現状を見ると、驚くほど少ない感染者数の増加で、第二波と認識し、果断な対応をしているのだ。

北京市政府はこうした感染者の増加から、6月16日に警戒レベル2を発令すると同時に、武漢でのピーク時と同様の2つの措置(以下に詳述)を取り入れた。

その結果、北京市は7月6日から新規感染者がゼロになり、その14日間後の7月20日から警戒レベルを3に緩和した。

1カ月という短期間で感染の抑制に成功したのは、以下の2つの措置をとったからだ。

①大規模な実施PCR検査の実施
6月11日から7月2 日までの間に、感染が見つかった卸売市場周辺の1,006万人を対象にPCR検査を実施した。1日当たりの検査数は50万人(日本の現状からは想像を絶する大きさだ)に拡大した。
②厳しい統制の実施
・無症状感染者を含めて感染者を早期隔離し、経過観察・集中治療を行った。
・感染リスクの高い地域を早期にロックダウンした。
・北京市民が北京を離れる場合は7日間以内のPCR検査の陰性証明が必要とし、市民の市外への移動を制限した。
・感染リスクが高いとみられる北京市の周辺地域をロックダウンした。

PCR検査の件数の彼我の違いは何故なのであろうか?
以前ブログに書いたが、日本にはまだ「100発100中の砲1門は100発1中の砲100門に相当する」考えがあるようだ。クラスターを個別に精緻に叩いていけばコロナ禍は防げるという考えが根強くあるようだ。
今や戦いのルールは変わり、面で制圧しない限りウィルスに勝てない。PCRという基本的な兵器で日本は負けているのに、専門家にもそういう認識は薄いようだ。
しかも、Go Go Travelという戦術は、何を狙っているか全く不明だ。主戦場から転進しているように見える。コロナ戦争でのガダルカナル化を恐れる。

(2020.7.21)

米国がドル決済で中国を締め上げ

米中対立をめぐる今朝(2020.7.15)の日経新聞の記事に関して読者から問い合わせがあったので説明してみます。

これは外国為替の決済の話です。
何故貿易の決済で締め上げることができるのか。
中国とアメリカ間での貿易を考えてみましょう。

今、中国のチャイナ商事(取引銀行は中国銀行)がアメリカのアメリカン社(取引銀行はチェース銀行)に商品を輸出したとします。

アメリカン社は商品代金100万ドルをチェース銀行に振り込みます。
チェース銀行はニューヨークにある中国銀行の口座に100万ドルを振込みます。
中国銀行は取引先であるチャイナ商事の口座に100万ドルを振込みます。こうしてチャイナ商事はアメリカン社への輸出代金を無事回収できました。

世界貿易では現状、ドルがまだ最大の比重を占めています。BISの2019年の統計(ブライト・アセット社資料より引用)によれば、貿易決済における通貨別比重は、ドルが88%, ユーロは32%, 日本16%、ポンド13%の順になっています。人民元はまだ4%に過ぎません。(取引を双方から計算するので合計は200%)

ここで重要なポイントは、
世界中のドルでの決済は米国ニューヨークに集中している点です。世界中の銀行がドル口座をニューヨークに保有(通常は大手米銀の本店に自分の銀行が使うドル口座を持たせてもらうのです)して、ドルの決済はそれらの口座を使ったドルの移動になるのです。実際にお金が動くのではありません。口座から口座に瞬時に振替の取引が記帳されるだけです。

ユーロはフランクフルトやパリ。円は東京に集中して決裁されるのです。円決済をしたい世界中の銀行は日本の大手銀行に円建ての口座を保有しています。ある通貨の決済は、最終的には必ずその通貨の母国の銀行で行われるのです。

米国が中国への制裁対象先として、チャイナ商事や中国銀行を指定した場合、彼らはドル決済から締め出されます。
仮に米国の多くの会社が彼らとの取引を望んだとしても、米ドルでの代金の決済が出来ないため、取引継続は不可能です。こうして米国はドル決済を武器に、中国企業・中国金融機関に強力な制裁を与えることが出来るのです。

日本円は為替取引でのシェアを少しづつ落としていますがまだ16%を維持しています。経済の安全保障の観点からも自国通貨建ての貿易が重要です。

(2020.7.15)

ERM再考(3) 戦略コンサルタントの考え方

戦略コンサルタントはリスクをどう見るか?  前回は経営者・監査委員会の課題を考察した。分析の切り口は、リスクコンサルタントとして有名なプロティビティによるものであった。 今回は、一流の戦略系のコンサルタントがリスクをどのように分析しているか見てみたい。材料としてMcKinsay Quarterlyを眺めてみる。Riskについての論考の少なさは驚くほどである。近年の論文でRiskについて述べられたものはわずかに一つ。Risk:Seeing around the corners October 2009がそれである。https://www.mckinseyquarterly.com/Risk_Seeing_around_the_corners_2445 

陳腐な結論 論文の結論を述べれば、「目に見えるリスクだけに注目するのではなく、何かリスクが顕在化したときに、バリューチェインへの影響をよく考えないといけない」ということだ。この結論は陳腐だ。 分析のフレームワークは?前掲の論文のExhibit 1が、分析のフレームワークを示すものである。このフレームワークがいかにもマッキンゼーらしいのである。前の図の円の中心部にCompany (自社)が置かれている。右側にCostomer (顧客)、下にCompetition(競合)が置かれている。これは3C分析そのものである。Competitionの説明には競合の脅威、代替品の脅威が説明されている。Supply Chainsupplier-自社—distribution-clientsと分解して考えると、円の中心部分は、マイケル・ポーターのファイブ・フォース(5つの競争要因)そのものの説明をしているのだと理解できる。 (参考1:3C分析 )外部環境の市場と競合の分析からKSFを見つけ出し、自社の戦略に活かす分析をするフレームワーク。3Cとは、「市場(customer)」「競合(competitor)」「自社(company)」の頭文字。
・市場分析のポイント
自社の製品やサービスを、購買する意志や能力のある潜在顧客を把握する。具体的には、市場規模(潜在顧客の数、地域構成など)や市場の成長性、ニーズ、購買決定プロセス、購買決定者といった観点で分析する。
・競合分析のポイント
競争状況や競争相手について把握する。特に、競争相手からいかに市場を奪うか(守るか)という視点を持ちながら、寡占度(競合の数)、参入障壁、競合の戦略、経営資源や構造上の強みと弱み(営業人員数、生産能力など)、競合のパフォーマンス(売上高、市場シェア、利益、顧客数など)に着目する。競合との比較は、自社の相対的な強みや弱みの抽出にも役立つ。
・自社分析のポイント
自社の経営資源や企業活動について、定性的・定量的に把握する。具体的には、売上高、市場シェア、収益性、ブランドイメージ、技術力、組織スキル、人的資源などを分析する。また、付加価値を生み出す機能や、コスト・ドライバーにも着目する。    以上グロービスMBA用語集から引用  (参考2:ファイブフォース分析)

 企業(もしくは産業)の競争戦略を考える前提として、外的環境(業界構造)を分析する際に使われるフレームワークのこと。ハーバード・ビジネススクールのマイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)が自著『Competitive Strategy』(1980年)で示したもので、「新規参入」「敵対関係」「代替品」「買い手」「供給業者」の5つの視点で検討する。

新規参入の脅威
 新規参入の脅威の大きさは、“参入障壁”の高さで決定される。参入障壁としては、「規模の経済性が発揮される業界」「製品の差別化がされている」「参入時投資が巨大」「仕入れ先の変更コスト(スイッチングコスト)が巨大」「流通チャネルの確保が困難」「既存企業に独自技術や仕入れ先、有利な立地、助成金、大きな経験曲線効果などがある」「政府の政策」「参入時の報復の大きさ」などが挙げられる。業界内の競合企業との敵対関係
 競合同士が激しく対立する業界では企業は超過利潤を得ることが難しくなり、業界の魅力は減ずる。企業の対立関係を決定する要因としては、「同業者の規模と数」「業界全体の成長性」「固定コスト、在庫コストの大きさ」「製品/サービス差別化の有無」「生産/供給の調整能力」「競合企業間の戦略的違いの有無」「戦略と成果の因果関係の大小」「撤退障壁の大小」などが挙げられる。代替品の脅威
 買い手のニーズを満たす別の製品──代替品の登場も企業にとっては脅威となる。代替品の価格性能比がよい場合、また代替品を提供する業界の利益率が高かったり、代替品の成長によって現在の業界の潜在利益が縮小される場合などは、脅威が大きいといえる。買い手の脅威
 製品やサービスを買ってくれる買い手も自社に大きな影響(脅威)を与える存在だ。影響の強さは、買い手の取引交渉力によって決定される。買い手の交渉力は、「買い手の数(集中度)」「買い手の購買全体に対する取引の比率」「製品/サービス差別化の有無」「買い手側の仕入れ先の変更コストの大きさ」「買い手の収益力」「製品/サービスの品質に対するこだわり」などに左右される。供給業者の脅威
 部材や商品の仕入れ先である供給業者(売り手)の脅威も、売り手の交渉力の大きさによって決定される。その決定要因は、「売り手の数(集中度)」「売り手にとって自社がどのくらい重要か」「製品/サービス品質に対する必要性」「仕入れ先の変更コストの大きさ」などである。 ポーターは、企業が属する業界の競争状態と収益構造を決定するキーファクターとして前述の5つを挙げ、その中で最も強い要因(脅威)が決め手となると指摘した。このフレームワークで業界(の内外)を分析することで、自社が置かれている業界の構造を理解し、競争の最重要要因を特定したうえで、「3つの基本戦略」を踏まえて、競争戦略を策定することを提唱した。      以上 IT情報マネジメントから引用 

戦略コンサルタントのリスクのとらえ方マッキンゼーのリスク分析は、リスクを題名に掲げているものの、実体は、企業の競争戦略を述べているに過ぎない。企業の戦略にマイナスの影響を与えるものをリスクと捉えれば、リスク対策と言う特殊な分野があるわけではなく、競争戦略を考える際に、3Cやファイブフォースの分析の中で捉えればよいという考え方であろう。 これはリスクの現場の人にとっては目から鱗の、分析方法ではないかと思われる。

ERM再考(2) 企業・経営者の課題は

経営者が考える経営課題は何か

 前回はリスク管理のプロが考えるリスク環境を考察した。

 今回は、経営者は何を課題として考えているか考えてみたい。この二つが重なれば、リスク管理部門が行っている作業は、経営者の問題意識に近く、経営トップの役に立っていると言えるであろう。

 リスクマネジメントに関する先進コンサルティング企業であるプロティビティが発行しているThe Bulletinというニューズレターが、経営者が直面する課題は何か考えるヒントを与えてくれる。

プロティビティのHPwww.protiviti.jp 

The Bulletinについては、 http://www.protiviti.jp/ja-JP/Knowledge/global-newsletter/Index-A02/Pages/Bulletin_Volume4_Issue9.aspx を参考されたい。

 

 The Bulletinでは毎年、企業(経営者)が直面する10の課題を発表している。更に、そうした環境下で、監査委員会は何を課題として取り組むべきかがまとめられている。

 2011年と2012年の、「企業が直面する課題」は以下である。

2011

2012 (前年の順位)

1.新たな企業成長の源泉を見つけることに重点を置き、経済回復期に対応する

1.顧客ロイヤリティを獲得する(5)

2.競争環境を監視し、それに応じて企業の戦略方向を調整する

2.サプライチェーンリスクおよびコモディティ(投機的色彩のある商品)のコスト増に対応する(-)

3.グローバル化における課題に対応する

3.複雑化するプライバシー・セキュリティ問題に対処する(6)

4.従業員の士気を維持し、有能な人材を維持する

4.法規制の改正に対処する(7)

5.顧客ロイヤリティを確立する

5.優秀な人材を確保・育成する(4)

6.機密・プライバシー情報を保護する

6.競争力を強化・維持するために企業業績を改善する(1)

7.規制当局の監督強化に対応する

7.地理的・政治的な変動に対応する(2)

8.変化するリスクプロファイルを理解し、対応する

8.M&Aの収益還元を計り、価値を実現する(-)

9.企業の自己資本を評価し、キャッシュフローを効果的に管理する

9.データ管理・分析に着目し、意思決定のための情報を向上させる(10)

10.企業内のデータ・情報を効果的に活用し、適時適切な意思決定を下す

10.リスクプロファイルの変化に則して

全社的リスクマネジメント(ERM)に注目する(8)

 

 2011年、2012年の何れの年でも、ERM、情報・プライバシー、コンプライアンスについては、項目としてあがっており、経営者が相応な注意を払うべき事項と考えられていることが分かる。この部分はリスク管理のプロがあげた項目と重なる。

 ただ、それ以上に、企業・経営者としては、事業が事業戦略を適切に展開し、収益を上げて行くことが重視されている。企業経営者はリスク管理が仕事ではないから、これは当然の結論ともいえる。

 プロティビティは、リスクコントロールのコンサルタントであり、傾向としてリスク管理を重視した項目に偏る傾向は否めないと思われるので、ERM、情報・プライバシー、コンプライアンスが項目として出てきている可能性もある

 

監査委員会での検討課題

 The Bulletinは委員会設置会社を前提として、ガバナンス機関としての取締役会とその委員会としての監査委員会は何に注視すべきかを提言している。

 2011年は10項目、2012年は8項目上がっている。項目を見ると、要すれば以下の結論である。

 企業経営のアクセルをトップ経営者が踏むとしたら、それによっておこるリスク環境の変化を、マネージできてるかどうか、ブレーキのところは監査委員会が見るよ。という内容になっている。

 

2011

2012

1.企業のリスク評価メソドロジーの価値と用途を最大化する

1.変化に対応し、企業のリスクプロファイルを更新する(2)

2.環境の変化に対応して企業のリスクプロファイルを更新する

2.ビジネス環境の変化に応じ、企業のリスク管理能力が強化されているか確認する(1)

3.取締役会に対する監査委員会のリスク監視プロセスへの役割を明確化する

3.財務部門や内部監査部門の能力を監督する(4)

4.財務部門及び内部監査の有用性・能力を評価する

4.全社的な統制環境を継続的に監視する(5)

5.企業が新たな成長の源泉を探る時期には、全社的な統制環境を監視する

5.IFRSとのコンバージェンスの進捗に伴う財務情報に注視する(7)

6.財務報告の品質に注意する

6.法規制の改正に十分に理解・対応できているか確認する(8)

7.会計基準のコンバージェンスを監視する

7.新規のテクノロジー革新の流れがビジネスに与える影響を理解する(9)

8.法規制の改正の影響を理解する

8.監査委員会の有効性を評価する

9.テクノロジーの進化・トレンドに注意する

10.外部監査人を効率的に活用する

 今日は、経営者・企業の課題は何かについて、プロティビティのThe Bulletinを資料にして考えてみた。

結論らしきものは、1.経営者が考える企業の課題はリスク管理のプロの考えるERM項目とは違う。2.経営者が重視するのは変化する環境下で収益を上げる企業として存続し発展してゆくことである。3.経営者が踏むアクセルがもたらす環境変化のもとでも企業のリスクをコントロールするにはどうするか監査委員会が注視すべき項目がある。4.この項目は、リスク管理のプロが挙げた項目を高度化し集約したものである。ということかと思う。