「米経済界『株主第一』見直し 従業員配慮を宣言」日経報道

2019年8月20日、日本経済新聞夕刊の1面(翌21日の朝刊2面でも取り上げられていた)では「米経済界『株主第一』見直し 従業員配慮を宣言」という見出しが躍っていた。
ヘッドラインは「米主要企業の経営者団体、ビジネスラウンドテーブルは19日、「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言した」となっており、ここまではビジネスラウンドテーブル(BRT)の発表の報道である。https://www.businessroundtable.org/参照

【日経の報道とBRTのプレスリリースの比較】
日経はさらに、「株価上昇や配当増加など投資家の利益を優先してきた米国型の資本主義にとって大きな転換点となる。米国では所得格差の拡大で、大企業にも批判の矛先が向かっており、行動原則の修正を迫られた形だ」というように日経の見方を続けている。

BRTのプレスリリースを見ると、1997年以降、BRTは「企業は主に株主のために存在する」corporations exist principally to serve shareholdersという考え方(英語では、Principles of shareholders primacy.と言う)を支持してきた。これが今回の見直しで、Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’ になったのだが、株主以外のステークホルダーも重視する点が日経の報道では強調されている。

いろいろな経営者のコメントが出てくるが、日経で引用されているJPモルガンのダイモンCEOの「株主第一主義は揺らいでいる」というコメントのすぐ後に、BRTのプレスリリースではジョンソン&ジョンソンのゴルスキーCEOの「株主以外のステークホルダー重視」のコメントが掲載されており興味深い。

【どのステークホルダーを重視するか】
日経新聞は、更に、BRTの声明を要約して、以下の表にまとめている。(筆者一部改編)

BRTが掲げた全利害関係者への約束
(1) 顧客
顧客の期待に応えてきた伝統を前進させる
(2) 従業員
公正な報酬の支払いや福利厚生の提供
(3) 取引先
規模の大小を問わず、良きパートナーとして扱う
(4) 地域社会
持続可能な事業運営で、環境を保護する
(5) 株主
長期的な株主価値の創造に取り組む
株主利益の尊重は5番目に挙げられた。

報道にある「企業行動原則の修正」というのが正しいか筆者は疑問を感じている。
BRTのメンバーの一社でもあるジョンソン&ジョンソンの有名な「わが信条」を思い返してみれば明らかだ。長くなるが「わが信条」を引用する。
https://www.jnj.co.jp/about-jnj/our-credo

【美しい企業理念の典型:わが信条】
「わが信条」
我々の第一の責任は、我々の製品およびサービスを使用してくれる患者、医師、看護師、
そして母親、父親をはじめとする、すべての顧客に対するものであると確信する。顧客一人ひとりのニーズに応えるにあたり、我々の行うすべての活動は質的に高い水準のものでなければならない。我々は価値を提供し、製品原価を引き下げ、適正な価格を維持するように常に努力をしなければならない。顧客からの注文には、迅速、かつ正確に応えなければならない。我々のビジネスパートナーには、適正な利益をあげる機会を提供しなければならない。
我々の第二の責任は、世界中で共に働く全社員に対するものである。社員一人ひとりが個人として尊重され、受け入れられる職場環境を提供しなければならない。社員の多様性と尊厳が尊重され、その価値が認められなければならない。社員は安心して仕事に従事できなければならず、仕事を通して目的意識と達成感を得られなければならない。待遇は公正かつ適切でなければならず、働く環境は清潔で、整理整頓され、かつ安全でなければならない。社員の健康と幸福を支援し、社員が家族に対する責任および個人としての責任を果たすことができるよう、配慮しなければならない。
社員の提案、苦情が自由にできる環境でなければならない。能力ある人々には、雇用、 能力開発および昇進の機会が平等に与えられなければならない。我々は卓越した能力を持つリーダーを任命しなければならない。
そして、その行動は公正、かつ道義にかなったものでなければならない。

我々の第三の責任は、我々が生活し、働いている地域社会、更には全世界の共同社会に対するものである。世界中のより多くの場所で、ヘルスケアを身近で充実したものにし、   人々がより健康でいられるように支援しなければならない。我々は良き市民として、有益な社会事業および福祉に貢献し、健康の増進、教育の改善に寄与し、適切な租税を負担しなければならない。我々が使用する施設を常に良好な状態に保ち、環境と資源の保護に努めなければならない。

我々の第四の、そして最後の責任は、会社の株主に対するものである。
事業は健全な利益を生まなければならない。我々は新しい考えを試みなければならない。
研究開発は継続され、革新的な企画は開発され、将来に向けた投資がなされ、失敗は償わなければならない。新しい設備を購入し、新しい施設を整備し、新しい製品を市場に導入しなければならない。 逆境の時に備えて蓄積を行わなければならない。 これらすべての原則が実行されてはじめて、株主は正当な報酬を享受することができるものと確信する。

【戦後の米国の黄金時代を支えた考え方】
ジョンソン&ジョンソンによれば、わが信条は1943年にニューヨーク証券取引所に上場される1年前に創業者により起草されたものだそうだ。このような企業精神に満ちた大企業が第二次大戦後からゴールデン60sまでの米国を支えていたはずだ。
その内容は今見ても清く、正しく、美しく、先進的だ。よく見れば、我が国の、財閥企業の祖や、三河商人、近江商人の商人道に大いに通じる考え方だ。今回のステークホルダーの見直しの順番そのものになっており、株主は最後だ。

【新自由主義と現代のコーポレートガバナンス】
その後、ベトナム戦争による政治的な痛手や、日本との経済戦争での製造業の敗北を経て、米国がたどり着いたのは、株主第一主義を標榜し、株主価値を高めた経営者は法外な報酬にありつけるという新自由主義の考え方だ。1997年以降BRTが採用してきた企業の目的もその考えに沿ったものであった。
米国発のプラットフォーマーのおかげで米国経済の成長が続き、勝てば官軍とばかりに、欧米的なガバナンスの考えが世界に広まり、日本でもそれを採用してきた。

【日本独自のガバナンスを確立できるか?それで勝っていけるか?】
現在我が国が採用しているコーポレートガバナンス・コードは、米国由来の株主のために企業価値を高めるためのガバナンスが考えのベースになっている。我々が目指そうとしていた米国のガバナンスは「修正」というよりも「先祖帰り」したように見える。
我々には昔から様々なステークホルダーを大切にする伝統があった。コーポレートガバナンスを設計する際にも、いわゆるグローバルスタンダードに盲従するのではなく、我が国独自の考え方があるのかもしれない。現在コーポレートガバナンスを評価する尺度は欧米型にバイアスしており、我が国独自の尺度を考えるのは難しいが、米国が「先祖返り」している今、周回遅れだった我々に先頭に立つチャンスが来ていると考えれば道は開けそうだ。

(2019.8.21)