日本の低失業率は、労働市場の構造・社会慣行・文化的要因が複雑に作用している。いろいろな要因を整理してみよう。
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1. 労働市場の流動性の低さ
• 欧米:失業率は「雇用の出入りの激しさ」の表れ。解雇しやすい反面、再就職もしやすい。
• 日本:長期雇用慣行(終身雇用)と解雇規制により、労働移動が少ない。
→ 企業は簡単に解雇しないので「失業者」として表に出にくい。
• その代わりに「賃金抑制」や「非正規化」で調整するため、失業率が低めに出る。
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2. 低賃金でも職にとどまる傾向
• 「失業状態」よりも「不本意な低賃金・非正規雇用」に甘んじる人が多い。
• 生活保護の利用が少なく、セーフティーネットへの心理的ハードルが高い。
• 失業率統計上は「雇用されている人」にカウントされるため、表面的に失業率は低く出る。
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3. 労働組合の弱体化
• 戦後すぐは強かった労組も、70年代以降は組織率が低下(現在は約16%)。
• 労働者の権利擁護よりも「雇用の維持」を優先する傾向が強まり、賃上げ要求力が弱い。
• 結果、企業は「雇用を守るが賃金は上げない」バランスを取りやすく、失業率は低く抑えられる。
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4. 社会的・文化的要因
• 「職を失う」ことへのスティグマ(社会的烙印)が強い。
• 家族や地域共同体の中で「仕事をしていること」が強い同調圧力になる。
• そのため、労働者自身も低賃金や非正規職を受け入れやすい。
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5. 統計の仕組み
• 総務省「労働力調査」では「就業者=1週間に1時間でも仕事をした人」と定義。
• 非正規・短時間労働者も含まれるため、実態以上に失業率が低く出る。
• 代わりに「不完全就業率(希望する労働時間を得られない人の割合)」でみると、日本は欧米と差が縮まる。
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まとめると、日本の低失業率は
• 労働市場の流動性の低さ
• 低賃金や不本意就業を受け入れる社会的要因
• 労働組合の弱体化による雇用調整バイアス
• 統計上のカウント方法
などが重なって生じていると言える。
つまり「失業率が低い=雇用が健全」とは限らず、実質的には「低失業率・低賃金・非正規拡大」というトリオでバランスが取られているのが日本の特徴である。つまり、日本の失業率が米国やEUに比べて恒常的に低いのは、日本の経済が彼らより健全だからだ、とはとても言えない状況だ。
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さらに言えば、低失業率の副作用というべき状況がうかがえる。日本の「低失業率」自体は一見すると健全に見えるが、その裏側には 企業経営のリスク回避姿勢や構造的な硬直性が潜んでおり、ご指摘の「内部留保の蓄積」「イノベーション不足」ともつながっていると言える。整理すると以下のようになる。
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日本の「低失業率」の副作用と企業行動への影響
1. 雇用維持が最優先になりやすい
• 日本企業は「従業員の雇用を守る」ことを社会的責任として重視。
• 解雇を避けるため、不況時には 賃金抑制や新規投資削減 でしのぐ。
• その結果、内部留保は積み上がるが、成長投資には回りにくい。
リスクをとって新事業に挑戦するより、雇用維持を優先する構造。
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2. 労働市場の硬直性が競争力低下を招く
• 解雇しづらく、流動性が低いため、人材の新陳代謝が進まない。
• 不採算事業の人員を削減できないので、成長分野にリソースを移せない。
• 企業は「余剰人員を抱えるリスク」を恐れ、むしろ投資を控える。
人材の流動性が低いと、企業も大胆な投資に踏み切れない。
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3. 内部留保の積み上げと投資不足
• 企業は不測の事態(円高・不況・災害など)に備え「現金・預金」を厚く保持。
• OECD統計でも、日本企業の現預金比率は主要国で突出して高い。
• この「守りの財務姿勢」が、研究開発投資やM&Aなどのリスクマネーを抑制。
「リスクを取るより貯め込む」経営行動が固定化。
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4. 低賃金・非正規拡大が需要不足を招く
• 失業率は低いが、実質賃金は伸びず、可処分所得も伸びない。
• 企業は賃上げに消極的 → 家計消費は伸びず、需要不足 → 投資インセンティブも低下。
• 結果的に「低失業率・低賃金・低成長」が定常化。
賃金抑制が国内市場の縮小を招き、さらに投資が減る悪循環。
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5. 世界競争における遅れ
• 米国や欧州の企業は「リストラ+新事業投資」で産業構造を更新。
• 日本企業は「現状維持+内部留保」で競争力強化が遅れがち。
• 例:デジタル産業・EV・バイオ分野で、欧米中に比べ劣後。
低失業率を維持する社会的圧力が、逆に産業の新陳代謝を妨げている。
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こうして分析してくると以下のように要約できそうだ。
• 日本の「低失業率」は、企業と労働者の双方が「雇用維持」に強く依存した結果。
• しかしその副作用として
内部留保の過剰蓄積
イノベーション不足
産業転換の遅れ
が進んでしまった。
つまり、低失業率は一種の「安定の罠」であり、短期的には安心だが、長期的には世界的競争力の低下を招く構造的要因になっているのだ。
さて、日本の低失業率の副作用を解消するにはどうすればよいのだろうか。外的要因で変化せざるを得なくなりそうだ。トランプ関税、AIの飛躍的な発展でホワイトカラーの職業の多くが不要になること、日本の労働力不足解消のための外国人労働者の流入といった要因で、労働市場は大きく変動しそうだ。内的要因はどうだろうか。日本人がリスクを取ってジョブホッピングをするような心持になるだろうか。中学生に「将来なりたい職業は」と聞くと、会社員や公務員が上位に来るそうだ。外的要因を先取りして、自らが自分の道を切り開いて行ける個人が確立すると良いのだが、どうなるだろうか。
2025年8月31日 日曜日