ミュンヘン会談

 ウクライナとロシアの停戦の動きがトランプ大統領のイニシアチブで進み始めている。米国とロシアが主導する動きに対し、ウクライナとEUは「頭越し」な交渉は認められないと反発している。
 こうした動きには先例がある。第二次大戦を防げなかったミュンヘン会談だ。
 ミュンヘン会談は、1938年9月29日から30日にかけてドイツのミュンヘンで開催された。この会談には、イギリスのネヴィル・チェンバレン首相、フランスのエドゥアール・ダラディエ首相、ドイツのアドルフ・ヒトラー総統、イタリアのベニート・ムッソリーニ首相が参加した。当事者であるチェコスロバキアは蚊帳の外に置かれ、自国の考えを交渉に反映させることは出来なかった。
 会談の主な議題は、チェコスロバキアのズデーテン地方の帰属問題だった。ヒトラーはズデーテン地方をドイツに併合することを求めており、イギリスとフランスは戦争を避けるためにこの要求を受け入れた。
 結果として、ズデーテン地方はドイツに割譲されることが決定し、ミュンヘン協定が署名された。この協定は、戦間期の宥和政策の典型とされ、後に第二次世界大戦の引き金となることが批判されている。
 ズデーデン地方はドイツ系住民が多くドイツに帰属を希望しているというのがヒトラーのロジックだったが、これも、ロシアがウクライナ東部とクリミアの領有を正当化する理由と同じだ。
 今後の進展を見る際の物差しとしてミュンヘン会談の経験は貴重だ。

2025年2月15日 土曜日