しばらく、投稿をお休みしてしまいました。読者の方からお叱りをいただきました。仕事が一段落したので、今後は定期的にアップデートして行きます。ご期待ください。(笑)
さて、前回の「乗数」の話はわかりやすいという声をお聞きしました。サブプライム問題を読み解くもうひとつの経済学的用語に「合成の誤謬」(ごうせいのごびゅう)という言葉があるので、ご説明します。
英語では、Fallacy of Composition といいます。日本語でも英語でもわかりやすい言葉ではない。「ミクロでは正しくても、それが合計されたマクロの世界では正しくない、あるいは予期せざる結果を生むこと」と定義されています。大学生になって、1年生の経済原論の時間に読んだ『サミュエルソンの経済学』。内容のほとんどを忘れましたが、「合成の誤謬」と「IS-LM曲線に現れる新古典派総合」だけは覚えています。当時の内田忠夫先生が出す試験問題のヤマはこの二つに掛ければ必ずあたると言われていました。
サミュエルソンはこのように説きます。「多くの人々が何かを見物しているとする。見えにくいからと誰かが立ち上がった。そのときは立ち上がった人は良く見えるようになるだろう。ところが、全員が立ち上がると、見え方はみな同じになる。かように、個人にとって正しいと思われる行為も、多くが集まると正しくなくなる場合がある。これを合成の誤謬という」というのです。
サブプライム問題は二つの意味で、典型的な合成の誤謬のケースだと思います。
【「市場から一抜けた」は良いが、みんなが抜け始めると】 日本の金融機関で一番最初にサブプライムにかかわるロスを計上したのは野村證券でした。確か昨年の上半期に700億円強のロスを計上し、これで全て、という発表をしていたように記憶します。ところが2008年3月期の通年ではサブプライム関連のロスは2620億円に膨らみました。これは、野村一人が、サブプライムに関連する商品を処分する行為は、ミクロでは正しいものの、みんなが同じことを始めれば、商品価格の下落に拍車がかかり、ロスが拡大する。マクロで見ると意図せざる結果になっているということです。
【市場参加者はみんな誠実】 サブプライム危機がこれほどの広がりをもたらしたことに関して、「借り手」「貸し手」「証券会社」「格付け機関」が批判されています。
批判1.サブプライムローンの借り手は、返済できるわけがないのに、無謀な借り入れをした。そうでしょうか?彼らにとっては、サブプライムローンはアメリカンドリームを実現する手段だったのです。家賃以内で住宅ローンを簡単に借りることができるのであれば、そうするのはミクロでは正しい行為です。
批判2.返済できっこない借り手に金を貸す金融機関が悪い。そうでしょうか?住宅の価格は右肩上がりで上昇し、担保力に懸念はない。証券化して自分のB/Sに載らないのでROE,ROAの向上に役に立つ。こうした貸し出しを増やすことはミクロではまったく正しい行為でした。
批判3.安易に証券化して世界中に売りつけた証券会社がわるい。そうでしょうか?証券化商品には世界中から大きなニーズがあり、作れば売れたのです。Originate to Distribute (売るために仕込む)というビジネスモデルを米国の大手証券が発明しました。ミクロでは、売れる商品をどんどん作りだすのは全く正しい行為でした。
批判4.格付け機関の格付けがいい加減すぎた。サブプライムを集めた証券が高い格付けをとるのはおかしい。そうでしょうか?格付け機関は過去のデフォルト実績をみて誠実に格付けしたのです。過去5年の不動産を担保にした証券のデフォルト率は低かった。不動産価格の上昇により、期限前に返済される証券も多かった。格付け依頼も多い。ミクロでは、格付け会社がこうした証券化商品に格付けしまくるのは正しい行為でした。
ここまで書いてきて、やっとわかってきました。「家計や企業、市場をめぐる経済主体のそれぞれが正しいと思ってある行為をしても(ミクロ経済学の分析では正しい行為)、それが集計されるとマクロ経済的には正しくない・意図せざる結果をもたらすことがある。」それを教えたくて内田先生は何回も「合成の誤謬」を試験に出しいたのだということを。卒業後、30数年たってやっとわかった理解力の低い不肖の生徒ですね(笑)。