創業経営者のオーバーライド(暴走)をどう防ぐか

     企業があるべき経営を行うのを保証する体制整備を内部統制という。ところが、内部統制を「創業者の性格を矯正する」ために機能させるのはほぼ不可能だ。しからばどうすれば良いか。
 「創業者の強烈な影響力を前提にした設計」に切り替えれば、相当程度まで機能させることは出来る可能性がある。

創業者支配企業で起きがちな事象

• 強い売上・利益プレッシャーと短期志向が、不適切会計の温床になる(東芝やニデックでも「短期的収益重視」が不正会計の背景と分析されている)。
• 「こんな数字では会長が許さない」といったメッセージが階層的に伝播し、現場が「数字を合わせること」を優先する文化を形成する。
• 創業者と特別な関係にある取締役・役員が周囲の牽制を無力化し、業務分掌・職務権限・相互牽制が形式化します。創業者への忖度だけで食っている役員が大勢いる。

前提としての「オーバーライドは起きる」設計
• 経営者によるオーバーライドは、内部統制の限界として避けられない前提であり、目的は「ゼロにすること」ではなく「ガバナンスされたオーバーライド」にすることにする。
• こうしたオーバーライドモデルでは、何をバイパスできるかのクラス分け、誰が承認できるかの承認境界、理由の記録、レビュー要件が必須となる。
• つまり、創業者が「例外」を行使すること自体を禁じるのではなく、その行使を可視化・多段階承認・事後レビューの枠に押し込める発想が重要だ。

具体的な仕組み
1. オーバーライドの制度設計
• 「通常プロセス」と「例外プロセス」を明確に区分し、例外発動時には自動的に記録・アラートが飛ぶワークフローを設ける。
• 創業者・会長が単独で完結できるオーバーライド範囲を極小化し、独立社外取締役や監査等委員会への同時通知・承認を必須にする。
2. 取締役会・委員会の「実効性」の強化
• 不適切会計が疑われた際、監査等委員会による第三者委員会設置やデジタルフォレンジックなどの介入は典型的な対応だが、平時から「経営者に対抗できる情報アクセスと専門性」を持った委員会構成が必要になる。
• 創業者と利害・経歴が近すぎない社外取締役を多数派に近い水準まで入れ、指名・報酬・監査の3委員会を通じて人事・インセンティブへの影響力を確保するように努める。同じ意見を持つ社内役員と連携する(口で言うのは簡単だが実現はとても難しい。強力な社外役員を増やすインセンティブは創業経営者には無いのが普通だ)。

3. 人事・インセンティブ設計の修正
• 売上至上主義的な昇進・評価制度は、不正の「動機」を増幅させるので、機会があれば是正を図る。
• 取締役・幹部の評価指標に、コンプライアンス・内部統制・長期価値指標(ROIC、顧客満足、品質指標等)を組み込み、短期利益偏重を緩和する。

4. グループ内部統制(企業集団)の再設計
• 多数の子会社を抱える企業では、親会社の売上重視方針や子会社社長の自律性が、不正な前倒し計上・粉飾を招いた事例が多数あるので注意する。
• リスクの高い事業・地域には、親会社が経理・決算プロセスを集中・標準化し、子会社に独立した内部監査と内部通報窓口を設けることが有効である。こうしたことが出来る人材がいるかどうかは大きなネックになる。

内部監査・監査等委員会の実務ポイント
• 「創業者に近い情報源」からの兆候をすくい上げるため、内部監査と監査等委員会・監査役との緊密な常時連携が必要である。
• 経営トップに直接レポートするホットラインを内部監査部門が持つだけでなく、取締役会・監査委員会に直接通報できるチャネルを整備し、トップが関与する案件を逃さない設計が必要だ。これも内部監査担当者の意識改革が必要だ。通常内部監査は創業者のための機関と化している。
• フォレンジックやデータ分析による「売上・利益の異常検知」を平時から運用し、創業者の「数字目標」が現場でどのような会計操作を誘発しているかをモニタリングする。

現実的な落とし所(プロとしての割り切り)
• 創業者の強烈なリーダーシップを完全に中和する内部統制は存在せず、「創業者の権限をどこまで透明化し、多元的な牽制を差し込めるか」が現実的な目標になる。
• そのため、内部監査や監査等委員会としては、「統制を守らせる」よりも、「例外・逸脱が必ず痕跡を残し、後から検証・責任追及できる状態を作る」ことを優先ターゲットに置く方が実務的である。
・そうした牽制的な動きを創業者に気づかれないように巧妙に行うことが望まれる。実際にはとても難しいのだが。

監査委員会の兵法
 監査等委員会は「創業者の振る舞いを変える」より、「創業者の影響力を制度の枠に押し込める」ことを狙うべき。 内部監査はその枠の中で「生き残りつつ、事実を上に届け続ける」ための戦い方を選ぶ必要がある。

監査等委員会が出来ること
1. 権限のフル活用と内部監査の直轄化
• 監査等委員会には、取締役・子会社への報告徴求権、業務・財産調査権が明文で付与されている(会社法399条の3)。
• 内部監査部門を「監査等委員会直轄」と位置づける規程・ガイドラインを整備し、監査計画の承認・重要案件の報告ラインを委員会に一本通すことで、執行側からの圧力を弱める。

2. 「創業者案件」に対応する監査の設計
• 創業者・会長・特定幹部に関する案件は、社長ラインではなく監査等委員会への直接報告とするルートを規程に明記する。
• 経営者の不正や法令違反を把握した場合、監査等委員会は取締役会への報告義務を負うため、取締役会の議事録・資料への記録と株主総会での報告をセットで意識する。

3. 指名・報酬を通じた「人事レバー」の活用
• 監査等委員会は、他の取締役の選任・解任・報酬に関する意見を株主総会で述べることができる。
• 創業者に近すぎる取締役や「数字至上主義」を煽る役員について、指名・再任・報酬の場面で懸念を明確にし、議事録に残すことで、心理的圧力と外部向けシグナルを両立させる。

4. 会計監査人との「共同戦線」
• 多くのガバナンス方針は、「監査等委員会が必要と認める場合、会社負担で外部専門家の助言を受けられる」と規定しており、会計監査人とも継続的に情報交換すべきだとしているはずだ。
• 創業者のオーバーライド懸念がある領域(売上認識、見積会計、関連当事者取引など)を、会計監査人と共通の「重点エリア」として合意し、監査計画段階から踏み込んだ手続を要求する。

5. 情報チャネルの複線化
• 「経営者のオーバーライドを防ぐには、監査役(監査等委員)に現場から直接情報が集まる体制が重要」である。
• 社内通報制度・内部監査・人事部門・法務から監査等委員会への直接報告ルートを複線化し、「社長までのラインで情報が止まらない」構造を作る。

内部監査部門の兵法
1. 組織上の独立性を最大限に引き上げる
• 内部監査部門長は、最高経営者と取締役会の双方に直接アクセスする「二重レポートライン」を持つべき。コーポレートガバナンスコードで謳われているのにまだできていない会社も多い。
• 創業者企業では、形式上は社長直属でも、実質的な職務上の指示・評価は監査等委員会(委員長)から受ける体制を明文化し、社内に周知する。

2. 「敵を作るレポート」ではなく「経営にも役立つレポート」
• 内部監査は、単なる「摘発機能」と見なされると、創業者・幹部からの排除圧力が高まる。
• 改善提案と効果(コスト削減、業務効率化、リスク低減)を数値で示し、「やると経営に得」「やらないと監査等委員会・会計監査人の問題になる」という両面を丁寧に設計することで、存在意義を認めざるを得ない状態を作りだす。

3. 危険なテーマの「攻め方」の工夫
• 経営者オーバーライドが疑われるテーマ(売上認識、在庫、グループ間取引など)は、慎重に進める。
• まずはプロセス・システム・現場レベルの統制不備として事実を積み上げ、その延長に「統制上、特定の個人に過大な裁量が集中している」と冷静に示し、監査等委員会に引き取ってもらう形を狙う。

4. 自分たちの「守り」を事前に確保する
• 内部監査人の独立性への脅威(発見事項の削除要請等)については、その経緯と相手の発言・タイミングを詳細に記録し、必要に応じて監査等委員会に報告すべき。
• 報告対象・頻度・報告方法(書面・口頭)のルールを、監査規程と監査等委員会の監査基準の両方に書き込み、「後からでも必ず上に届く」ルートを制度化しておくと、現場での圧力に耐えやすい(かもしれない)。

5. 監査テーマの選び方と「順番」
• 成長企業・創業者企業では、内部監査部門の存在自体が新しいことが多く、「いきなり聖域」に踏み込むより、ガバナンス全体を押し上げる基盤領域から着手する方が受容されやすい。
• 例えば、与信管理・在庫管理・IT一般統制など、誰もが重要と認めるリスク領域で「成果」を出し、その後に収益認識・経営者オーバーライド領域へ進む「段階戦略」をとることで、部門の信用を先に積んでおくべし。

創業会長は会社のことを一番よく知っている問題
 企業にとって一番問題なのは、会社のことは創業会長が一番よく知っているので、その意見に、役員会が耳を貸さざるを得ず、彼・彼女の思う方向(結果として違法になりうる可能性がある)に組織を挙げて進んでしまうことだ。これをどう防げばよいか。

 創業会長の「一番よく知っているから、皆が従ってしまう」こと自体は変えにくいので、「従うとしても、違法な方向には行けない構造」を多重に仕込む発想が現実的だ。

1. 取締役の義務を“前面に出す”設計にする
• 各取締役には、会社法上の善管注意義務・忠実義務があり、違法な意思決定に賛成すると個々の取締役が損害賠償責任を負うことを、社内研修・意見書等で明確に共有しておく。
• 取締役会の場で「これは法令違反リスクが高い」「取締役の責任につながる」と法務・外部弁護士から正式意見を出させ、議事録に残すことで、会長の“勘”より個々の取締役の責任リスクを意識させる。

2. 取締役会の“独立性”を物理的に高める
•創業者・ 経営トップに対して物が言えない取締役会では、経営者リスクをコントロールできないので、社外取締役、特に支配株主・創業者と距離のある独立社外取締役を増やすことが重要だが創業者に呑ませることが必要になる。
• 指名・報酬の議論で、会長から独立した社外取締役が中心となる枠組みにし、「会長が言うからそうする」から「取締役会の合意としてそう決める」へ重心を移す。

3. 利益相反・支配株主リスクとして扱う
• 支配株主・創業者は、会社との間で利益相反や少数株主の不利益を生みやすい主体なので、上場会社には少数株主保護のためのガバナンス体制構築が求められる。
• 会長の提案・意向が「支配株主としての利益」と「会社・少数株主の利益」のどちらに軸足があるのかを整理し、関連当事者取引や利益相反案件として、特別委員会・社外取締役だけで審議させる手当てをする。

4. “違法リスクの高いテーマ”はプロセスを固定する
• 法令違反につながりやすいテーマ(売上認識の前倒し、取引条件の不当変更、虚偽開示など)は、事前に「こういう場合は必ず法務・コンプラ・外部専門家のレビューを経る」と取締役会決議・ガイドラインで固定する。会計監査人から監査委員へのフィードバックが必要。
• 会長の発言が出ても、「この類型は必ず外部意見を取ることに取締役会で決めています」というように、個人の“経験則”よりも事前に決めたプロセスを前に出せるようにしておくと、現場・役員が逃げやすくなる。

5. 反対・保留の「記録」と“少数派”の見える化
• 取締役には、違法の疑いがある議案に反対し、その旨を議事録に明記させることで、将来の責任追及から免れる余地がある。
• 会長案に対し、社外取締役や監査等委員が「反対」「留保」「条件付き賛成」といった異論を明確に記録し、その存在を社内・株主に可視化することで、“会長に従えば安全”という空気を崩しやすくなる。

6. 監査等委員会・内部監査・外部監査の“三角連携”
• 経営トップにモノが言えない状況を緩和するには、取締役会だけに頼らず、監査等委員会、内部監査、会計監査人が連携してチェックすることが重要である。
会長の意向に基づく施策で「会計・法令リスクが高い」と判断されるものは、
• 内部監査がリスク評価・事実を整理
• 監査等委員会が取締役会への指摘・是正要求
• 会計監査人が監査上の重点領域・KAM化の検討
という三段構えを事前に合意しておくと、会長一人の判断で突っ走りにくくなる。

7. 最後の“ブレーキ”としての株主・市場
• 取締役会が創業者に引きずられやすい構造自体が改善されない場合、株主総会での説明責任・株主代表訴訟・支配株主の責任といった「外部からのブレーキ」が現実の選択肢になる。
• 取締役は、違法・不適切な施策が会社価値や少数株主に損害を与えうると分かっていながら追認すれば、自らの責任リスクだけでなく、株主からの訴訟・レピュテーションリスクも負うことを意識しなければならない。
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創業会長の「知見」そのものは尊重しつつ、
• 法令・ガバナンスに関わるテーマは“必ずプロセスに乗せる”、
• 個々の取締役に「従えば自分の首が飛ぶ」責任構造を見せる、
• 社外取締役・監査等委員・専門家・株主のレバーを外側から効かせる、
という構造で「耳は貸すが、違法な方向には動きにくい会社」に寄せていくのが実務的な方向になる。

2026年2月1日 日曜日 7:40AM 晴れ 気温0度 寒い朝です