ビジネススクールでファイナンスを学んだ際に(UCLAを1980年卒業だから大分昔の話だ)エージェンシー理論の説明を受けて、いろいろ考えたことがあった。計量的な話の多いファイナンスで、ここだけ文章のみの説明で、違和感があった。当時は米国でもガバナンスにはあまり重視されず、それを扱う講座も無かった。日本はというと、メインバンクによる貸出と役員派遣を通じたガバナンスがまだ効いていた時代のことだ。
戦略コンサルのフロンティア・マネージメントによる2020-04-16付け論考『理想のコーポレートガバナンスを考える上で重要な「エージェンシー理論」とは?』を基にエージェンシー問題を再考してみたい。
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多くの企業が、株主の利益を守るため企業経営を監視し、統制するコーポレートガバナンスを推進しています。 コーポレートガバナンスを考えるうえで有効なのが、ハーバード大学のM・C・ジャンセン氏らの論文で有名な「エージェンシー理論」(プリンシパル=エージェンシー理論)です。 コーポレートガバナンスの目的を達成するためには、まずエージェンシー理論の視点に立ち、経営者と株主の利害関係をとらえなおす必要があります。 本記事では、エージェンシー理論の意味やポイントを解説します。
コーポレートガバナンスを構築するうえで重要な「エージェンシー理論」
エージェンシー理論(Agency Theory)とは、あらゆる組織や人間関係を「依頼人(プリンシパル)」と「代理人(エージェント)」でとらえる経済理論です。
依頼人と代理人はそれぞれ自己利益を追求するため、両者の利害が常に一致するとは限りません。
とくに所有と経営の分離が原則である株式会社においては、企業の出資者である株主と、企業の経営者の間に、しばしばエージェンシー問題(利害対立問題)が起きます。
例えば、中長期の視点での利益回収のために投資をしたい経営陣と短期間での利益を追求する株主との意見対立は代表的なエージェンシー問題です。
そのため、株主や経営者の双方にとって、エージェンシー理論は望ましい企業統治(コーポレートガバナンス)のありかたを考えるうえで重要になります。
なぜガバナンスにおいてエージェンシー問題が発生するのか?
なぜエージェンシー問題が生じるのでしょうか。企業経営には多数のステークホルダー(利害者)が存在します。
とくに企業に出資して利益を得ようとする株主と、企業経営から利益を得ようとする経営者の間には、利害が一致しないことがあります。
株主と経営者は、目的が一致しているわけではありません。株主は利益還元のため企業価値を優先します。一方、経営者は自社における利益の追求を目的とします。
「エージェンシーコスト」の利害対立が企業経営に歪みをもたらす
エージェンシー問題が発生すると、企業経営に歪みが生じる場合があります。この歪みから生じる損失を「エージェンシーコスト」と呼びます。
エージェンシー理論では、株主よりも経営者の方が情報優位な立場にあります。
そのため、株主にとって不利益となり、フリーキャッシュフローの還元に悪影響を及ぼすような情報を、経営者はしばしば隠蔽しがちです。
企業価値の向上には必ずしもつながらない、自社ビルへの過剰な投資などが代表的な事例です。
このような対立がつづくと、経営陣に不信感を持った株主によって、行動を監視するための制度や組織をつくることが求められたり(モニタリングコスト)、情報開示や監査を受ける必要が生じたり(ボンディングコスト)、様々なコストがかかります。
経営者が自己利益を追求する過程で「モラルハザード」が生じる
経営者は株主よりも情報優位な立場にあり、株主は経営者の行動を直接観察することができません。
そのため、株主はできるかぎり合理的に振る舞おうとしますが、情報が制限されており、限定された行動しかとれません。
これを「限定合理性(Bounded Rationality)」と呼びます。経営者はこの限定合理性につけこみ、フリーキャッシュフローを私的な利得のために使って、株主に損害を与えてしまう傾向があるのです。
この行動原理を「モラルハザード(道徳的危険、倫理の欠如)」と呼びます。出資者である株主の意向を無視することは、非倫理的に見えるかもしれません。
しかし、経営者にとっては自己利益の追求が目的であるため、不正な手段であっても利益を得ることが「合理的」な行動となる可能性があります。
コーポレートガバナンスはエージェンシー問題の解決策となる
コーポレートガバナンス(Corporate Governance)とは企業経営や企業としてのあり方を監視し、統制する仕組みです。企業統治とも呼ばれます。
エージェンシー問題が発生すると、エージェンシーコストやモラルハザードなど、企業のステークホルダーに悪影響を及ぼすリスクが生じます。
適切なコーポレートガバナンスを構築することで、エージェンシー問題を抑制につながります。
コーポレートガバナンスの2つの目的
コーポレートガバナンスには、「経営の効率化」と「経営の倫理化」の2つの目的があります。
経営の効率化とは、企業の組織の在り方や統治方法を見直すことで、より利益を生み出すことを意味します。経営の倫理化とは、企業の不正を抑制し、各ステークホルダーと円満な関係を保つことです。
エージェンシー問題を考える場合には、後者の「経営の倫理化」がより重要です。
コーポレートガバナンスという考え方が生まれたきっかけは、1960年代のアメリカで多発した、自動車企業などによる水質汚染やスモッグなどの企業による非倫理的なふるまいでした。
そのため、コーポレートガバナンスは、2つの目的を追求して企業の構造を適正化し、利益を高めつつ不正の抑制を目指します。
コーポレートガバナンスの観点からみるエージェンシー問題
エージェンシー問題によって、「エージェンシーコスト」と「モラルハザード」という2つのリスクが生じます。
エージェンシー問題は企業の利益を減じ、不正の温床となり得ます。つまり、コーポレートガバナンスとは、エージェンシー問題を防ぐための仕組みづくりになります。
コーポレートガバナンスを推進する企業が、社外に取締役や監査役を置くのも、ステークホルダーである株主とのバランスを保つことが目的です。
エージェンシー問題を解決し、企業価値を高めるには?
コーポレートガバナンスを構築する2つのポイントは、「情報の対象化(情報開示)」と「利害の一致化」です。
情報の対象化とは、経営者の株主に対する情報優位を減らし、透明な情報公開に努めることです。
情報の対象化の具体的な施策としては、社外監査役の導入、内部統制報告制度の活用、IR活動の推進や、事業年度ごとの財務諸表の公開などがあります。
利害の一致化とは、経営者と株主の関係をより緊密化したり、経営者が利益追求を自己統制したりして、利害を一致させることです。
利害の一致化には、株主との対話の場である株主総会の積極的な活用はもちろん、第三者的な社外取締役の導入などの施策が有効です。
「情報の対象化」と「利害の一致化」により、エージェンシー問題を解消するのが、コーポレートガバナンスを構築する目的のひとつです。
エージェンシー問題を解消するためにコーポレートガバナンスを
所有と経営が分離する企業では、しばしば株主(出資者)と経営者の利害が対立します。
これにより、エージェンシーコストやモラルハザードといったリスクが生じます。
理想的なコーポレートガバナンスを構築するには、自己利益の追求だけでなく、不正を抑制する仕組みづくりが欠かせません。
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以上、引用したフロンティ・マネージメントの論考は、終盤は説明が簡単になったが、上手にまとめられている。
筆者は 2000年に銀行からプライベートエクイティファンドに転した。
PEファンドがなぜ企業価値を改善できるか説明する際に、「株主と経営者と従業員の目線を合わせるガバナンスの有効性」を良く使った。
最近のはやりの言葉で言うところのBoard3.0と言われるガバナンス形態の中に身を置くことになった。
Board3.0で、エージェンシー問題が無縁になるかと言えば、そんなことはない。依然として、エージェンシー問題はなかなか難しい課題だ。
株主の考える「経営の倫理化」のレベルを折に触れて経営者に説明することが目線合わせで大事なことだと実感する。
2023年9月17日 日曜日