今日(4月20日)の日経新聞に上原浩治氏の「始まりと終わりのボルティモア」という随想が載っていた。ボルティモアの記憶がよみがえった。
ボルティモアにはニューヨークに住んでいた時に2回行ったことがある。ワシントンへの行きかえりに立ち寄ったのだ。操車場と港が再開発され、ネオクラシックと呼ばれる美しい球場と巨大な水族館が1992年に竣工した。美しいエリアを楽しむ観光客が増えた。
ボルティモア港の外れにある米国国歌の誕生の地であるフォート・マクヘンリーには2度行き、感動した。
Oh, say can you see,
by the dawn’s early light
What so proudly we hailed
at the twilight’s last gleaming?
で始まる米国国歌は、米英戦争のさなかに英艦隊からの激しい攻撃に耐えて星条旗が明け方の空に翻っている様子を歌にしたものだったのだ。
フォート・マクヘンリーのビジターセンターに行き、各種の展示を見た後、大きなオーディトリアムに入り短い映画を見る。映画が終了したあとに、壁の大きな窓が開き、大空に翩翻と翻る巨大な星条旗を見ることになる。
いろいろなメモリアルを米国では見たが、この時ほど感動したことは無かった。建国の困難さと、建国後の道を切り開いてきた米国人の努力と勇気に思いを致したからだ。加えて、全米で殺人率で最も高い都市のひとつであるボルティモアのダウンタウンの再開発にも都市を再生させたいという意欲を感じた
さて、上原氏は、現役引退後ボルティモア郊外の自宅に帰り、普通の父親として生活することになる。彼は随想を以下で結んでいる。
「息子が冬にアイスホッケーをしていて、私は練習や試合のために自家用車で送迎した。現役時代は明るい時間に運転することは少なかった。時間にとらわれない生活に、プロ野球選手としての終着を実感した。」
2025年4月20日 日曜日