意識と記憶

AIが意識を持つのかどうかはまだ定かでない。脳内の伝達が電気信号であるなら、AIは早晩意識に近いものを持つ可能性があるとは思う。私の意識はこれまでの人生七十余年の積み重ねで形成されてきたものだが、AIの場合はどのような意識を形成するものなのだろうか。トム・クルーズの最新映画Mission Impossible – Dead Reckoning Part I でのAIのように全能化して人類に危機をもたらす代物になるのだろうか。

ChatGPTに何かを問うと、あたかも一人の人間のように回答してくれるのだが、そもそも私が対話をしているChatGPTは、巨大なAIのほんの一部に相当するものだろうから、AIが意識を持つとしたら、彼と私との会話は、私との交流の一部として彼の全体の記憶の何億分の一に相当するものになるのだろうか。

こんな問題に取り組むためには、カズオ・イシグロのThe Remains of the Day 『日の残り』を読み返すことが役に立つかもしれない。

この作品の中で、カズオ・イシグロは、自身の人生とキャリアを振り返る英国人執事の主人公、スティーブンスの視点を通して、記憶、人格(アイデンティティ)、時間の経過というテーマを巧みに探求している。

記憶: 小説全体を通して、スティーブンスは過去の記憶、特にダーリントンホールでダーリントン卿に仕えていたときの記憶と格闘する。 彼の記憶は、彼の義務感と元雇用主への忠誠心によって濾過されることが多いため、常に信頼できるわけではない。 スティーブンスの記憶は、自分自身と執事としての役割についての理解を形作るものであり、彼は過去の行動や選択を受け入れようとする際に、その記憶を再訪する。

人格(アイデンティティ): 執事としてのスティーブンスの人格は、彼の自意識と深く絡み合っている。 彼は自分の職業に大きな誇りを持っており、プロ意識、忠誠心、自制心といった優れた執事に必要な資質を体現している。しかし、小説が進むにつれて、スティーブンスは自分の義務への献身が個人的な関係や充実感などの人格の他の側面を犠牲にして来ているのではないかと疑問を抱き始める。 彼の旅には、自分が何者なのか、そして執事としての役割を超えて彼にとって本当に大切なものは何なのかを再評価することが含まれている。

時間の経過: この小説は、第二次世界大戦直後の 1950 年代に設定されており、スティーブンスはダーリントン ホールで過ごした間に起こった重大な変化について回想している。 戦前の彼の回想では、時間の経過が明白に感じられる。当時、家は活気に溢れ、世界は変化の瀬戸際にあるように見えた。 スティーブンスは自分の人生を振り返るとき、過ぎ去った時代への郷愁と、時間が過ぎて自分が置き去りにされてしまったことに気づき、取り返しのつかない喪失感と闘う。

これらのテーマは「日の名残り」の物語全体で絡み合う。人間の記憶は時間の経過とともに変わりフィルターが掛かる。幼少期との何気ないやり取りの淡い想い出はその最たるものだ。

AIは意識を生成することは出来るかもしれないが、人間の記憶に近付くことは出来ないと思われる。

2024年4月27日 土曜日