「メタバース」に思う

NHKBSで、BS1スペシャル「メタバースがやってきた〜仮想世界の光と影」を7月20日に途中から見た。最近見たTV番組では最も刺激的だった。

 そもそもメタバースとは何か?
 メタバースとは、一言でいうと「仮想空間」のことで、ネット上に構成される3次元の世界で、自分の分身であるアバターを介し世界に入る。
 ポイントは、現実世界と同じ時間が流れている世界で、私たちはアバターを動かして、集まってミーティングをしたり遊んだりできる。Web上の空間で社会生活を送れるわけだ。

 NHKの番組では不登校児が活き活きと参画できる高校の話が出てきた。授業のみならず生徒間のコミュニケーションがメタバースでなされる。それぞれの生徒がアバターを使うことで対人コミュニケーションに難のある生徒でも自分の持ち味を活かして参加することが可能になるのだ。

 現実空間で生きるのが難しい人も仮想空間では生きて行ける。現在は、現実空間で生活の糧を得ることなしには生存することが難しいが、メタバースの規模が拡大しビジネスも成立して行けば、仮想空間で生活の糧を得て実生活を営むことが可能になるのだろう。メタバースの拡大により空間の制約が超越できるということだ。 

 空間を越えた交流は良いことだけではない。番組ではまたバース内で性的暴行を受けそうになった女性の経験談が取り上げられていた。現実世界では婦女暴行になりそうな行為がメタバース内では野放しにされていると女性は言う。結局女性はスイッチを切ることで難を免れたが、同じメタバースを訪問すれば同様の目にあう可能性がある。

 超越出来るのは空間だけではない。番組ではかわいい娘を無くした韓国人の母親が娘の情報を詰め込んだ娘に生き写しのアバターを作ってもらい亡くなった娘に再開するという話があった。涙の再開を果たした後、娘は白いハトになって消えてゆくお話だったと思う。もし母親が娘を活かし続けたければそれも可能だろう。時を経て成長する娘の姿を両親は永遠に見ることも可能になる。浅田次郎の名作「鉄道員(ポッポや)」は幼くして娘を亡くした父親に、亡くなった娘がだんだん成長する姿を父親に見せに来るというファンタジーだ。このように、亡くなった人間との時間を超えた交流をメタバースが可能にする。

 時間を越えられるのは他者との関係だけではない。自分についてAIで何もかも記憶させ、不死の自分をアバターで作ることは可能だ。AIで記憶させるのは自分にとって都合の良い情報だけではない。私のAmazonでの購買履歴や、Web検索の履歴から、自分の病歴等の秘密情報も盛り込まれた自分自身の判断では思いもよらない自分のアバターが既存の情報から形成されることも可能だ。他人にはうかがい知れない自分の性癖が、このアバターでは露見するのだ。

 ここまで来ると、アバターが空間と時間の制約を乗り越えて活動できるメタバースは理想郷でもなさそうだと思い至る。現在5兆円の市場規模が倍々のペースで増えると予想されているが、事故や犯罪を防ぐ法整備が欠かせない。今後の進展を注視したい。

(2022年7月23日 土曜日)