最近はめっきり乳母車を見なくなった。たまに見かけると犬が鎮座していたりする。前回の「雪」に続いて、三好達治の「乳母車」だ。
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母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかって
轔轔と私の乳母車を押せ
赤い総のある天鵞絨の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知っている
この道は遠く遠くはてしない道
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前回紹介した「雪」と同じく、「乳母車」は三好30歳の処女詩集「測量船」に掲載されている。
この詩を読むと、夕日に向かって母親が乳母車を押しており、その中には幼児時代の三好がいる情景が目に浮かぶ。全編に「淡くかなしき」「たそがれ」「泣きぬれる」「つめたき」といった主情的な言葉がちりばめられ、強い抒情性を感じる詩だ。
細部の理解はなかなか難しいが、最後の「この道は遠く遠く果てしない道」で母への変わらない思慕の念が表現されているのは理解できる。
「雪」と「乳母車」をいう日本詩の中の最高傑作を処女詩集に著した三好達治は天才だと思う。三好は63歳まで生きたが、この2作を超える詩は残せなかった。
プライベートにも波乱に富んだ生き方をした人だが、彼自身は自分の才能をどのように見ていたのだろうか。
(2022.2.8 Tuesday)