読みそびれていた文庫本『無言館 戦没画学生の青春』(窪島誠一郎著 河出文庫)を読んだ。また、たまたま今日のTVで野見山暁治画伯が取り上げられていたことで、急に無言館を思い出した。
信州上田市の郊外にある無言館は、戦没した画学生の絵を集めた美術館である。1997年に、主に窪島誠一郎の努力で全国の画学生の遺族から集められた絵を収めた鎮魂の館ともいうべきものだ。文化勲章受章者である野見山画伯が、もともと集めた戦没画学生の絵を、小さな作品集にまとめたものが窪島氏の目に留まり、無言館を作ろうという動きになって行く。当初は野見山画伯も窪島氏と一緒に遺族を回り、絵を集めた経緯がある。
『無言館 戦没画学生の青春』は、美術館の創設を思い立った窪島氏が、全国の画学生の遺族を訪ね、苦労して絵を集めたいきさつが、タテ糸になっている。収集の過程での遺族との会話からわかってくる戦没画学生の子供時代や美大時代のエピソード、結婚した人であれば妻とのエピソード、戦死の状況や、さらには遺族の現在の生活に、窪島氏の暖かい眼が注がれている。
一方、窪島氏の生い立ちがヨコ糸である。貧しい少年時代。父母を養父母と知ったときの驚愕、貧しさへの絶望と養父母への嫌悪、実父を捜す孤独な営為、実父(作家水上勉)との再会(1977年に実現)等、陰影に富んだ個人の歴史である。
今日のEテレ(心の時代?)で100歳を過ぎた野見山画伯がまだ元気に絵筆をとっているのを拝見。「自分の中から、絵の完成を急がせる声が聞こえる。『時間がない。早く早く。』と。すると良い絵が描けない」というような発言をされていた。
さて、無言館である。私が行ったのはもう10年以上前になるのではないか。記憶を呼び覚ましてみよう。
駐車場から近づくとコンクリートの打ちっぱなしの教会のような建物が見える。建物は上から見ると十字架の形をしている。館内は静寂に包まれ空気が冷たい。
作品一つ一つに画学生の経歴と戦死の状況、絵の説明が付されている。
私は伊沢洋「家族」という絵が特に気になった。一張羅を着込んだ家族がテーブルを囲んでいる。果物が並び紅茶が湯気を立てている。画家が経験した一家団欒の様子だろうか。
しかし、遺族の説明では、「これは空想画だ。百姓仕事で忙しい一家に団欒などなかった。洋はこういう風景にあこがれていたのでしょうね。」 私は思わず落涙した。
無言館の近くには信州の名湯、別所温泉もある。是非、無言館を訪れてください。戦没画学生の無念を思えば、どんなにつらい人生でも、生きているだけで幸せだ、と感じられることだろう。
(2022.1.15 Saturday)