「人的資本」の情報開示に思う

今朝(2022年5月14日土曜)の日経一面トップに、「『人的資本』情報開示へ スキルや女性登用 人材に投資 政府指針」という見出しが躍っている。しかも、「有報記載、23年度義務も」という小見出しもある。

記事を読むと、19項目で人的資本の開示を促すそうで、主な開示例が表になっている。人材育成、多様性、健康安全、労働慣行から自社に適した項目を選び、具体的な数値目標や事例の開示を求めるそうだ。

やれやれ、また我が国が得意な「先進の欧米の開示を日本にも取り入れる」動きだ。アメリカではどうなっているか見てみよう。ハーバード・ロー・スクールのセミナー(2021年2月)の記事から引用する。
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(引用)
ほとんどの企業は、10-K(筆者注:日本の有価証券報告書に相当)の冒頭にある「事業の説明」に人的資本の開示を公開しています。いくつかの企業(たとえば、QUALCOMMやVisa)は、10-Kの人的資本に関するいくつかの段落を提供し、委任勧誘状または企業のWebサイトに投稿された文書ではるかに長い議論を読者に紹介しています。

一般的に取り上げられる人気のあるトピックは次のとおりです。

・従業員の総数、各主要地域の数または割合、フルタイム、パートタイム、季節を含む従業員の種類別の内訳、管理、管理、エンジニアリングなど、労働力の構成に関する事実、組合か非組合かを問わず、スキルの有る熟練労働者と時間労働者。
・企業文化の声明とコアバリューの特定。
・取締役会、上級管理職、場合によっては従業員で構成されるさまざまな評議会または諮問グループによるガバナンスおよび人的資本イニシアチブの監視の説明。
・多様性と包含に関連する企業のイニシアチブと実情。
・退職金や福利厚生、生活賃金への取り組みなど、全従業員プログラムに重点を置いた、総報酬の概要。
・人材育成とトレーニングについての議論。
・採用と維持の慣行。
・従業員エンゲージメント調査の使用。
・同一労働同一賃金。と
・健康と安全についての企業のイニシアチブと測定基準。

私たちがレビューした企業は、一般的にこれらのトピックのすべてに対応しているわけではないことに注意してください。代わりに、ほとんどの企業は、このメニューから、業界およびビジネス戦略に最も関連性があると見なす3〜6個のトピックを選択しました。

非常に明確に、人的資本管理の開示は高度に個別化され、同じスペースで活動している直接の競合他社でさえ、企業間の比較を行うことは不可能ではないにしても困難になります。
(引用終わり)
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米国でさえ個別企業にとって対応が困難な人的資本についての開示が、我が国で政府に強要されるとしたら、それがもたらす混乱は容易に想像がつく。

日本再興戦略から始まったコーポレートガバナンス・コードは我が国のガバナンスを「形式的に」欧米スタンダードに近づけた。しかし、一流企業での検査不正が間断なく相次ぎ、ガバナンスが良くなった実感は乏しい。ガバナンスの改善が業績向上に結び付いたと言われる企業は寡聞にして知らない。

政府にあれこれ云われなくても「人的資本の拡充」は、個々の企業が経営の重要事項として認識しているはずだ。実際にやっていることを飾らずに開示し、足らないところは改善に努めれば良い。

「仏作って魂入れず」の愚を再度犯すのは避けたい。

(2022年5月14日 土曜日)